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2011/03/24

3.11

何てことはない、始まりはいつもと同じ金曜だった。

午前中は保育園の面接に赴き、その足で近場のスーパーヘ。
ベビ吉の服を物色し、授乳室とドラッグストアを回って、お弁当を買って帰宅。

お昼を食べ終わる頃、帰宅途中で寝てしまったベビ吉が起き出したので離乳食を用意。
食事の後、しばらく遊んだベビ吉は午後のお昼寝タイムに突入。
ハハはベッドの上でベビ吉を抱っこしながらiPadでツイッターを覗いていた。

いつも通り。

そうこうするうちに揺れ出したので、その旨のつぶやきをしたところ
いつもと様子が違うのに気づいた。
長い、終わらない。
そして揺れが激しくなっていった。

今のマンションに引越したのは
耐震偽装が世間を騒がせていた2006年。
このマンションは大丈夫、妙な安心感はあったけど
リビングではモノの落ちる音がし
寝室では立てかけてあった姿見が倒れ
テレビがチェストからずり落ちた。
(回転坂に乗せていたので安定が悪かった。)
さすがに怖くなってベビ吉をしっかり抱き抱えた。

テレビをつけると、津波警報が発令されていた。
マルヨさんは心配して電話をかけてきた。

いつもより揺れがひどいとはいえ
ここまでもいつもと同じ地震だった。
が、状況は刻々とひどくなった。

震源地に近い海沿いからのテレビの中継では
さっきまで車が走っていた道路が
水に飲み込まれていく。

都内では電車が不通になり、復旧のメドが立たない。
ツイッターには「歩いて帰宅」のつぶやきが踊る。
JRも再開の見込がなかったので
マルヨさんに会社に一泊するよう促す。
帰宅途中で事故に巻き込まれるより
職場の方がより安全だと思った。
(決して絶対とは言えない。)
幸い、私とベビ吉は無事だ。

お風呂は沸かしたけれど、
余震のことを考えると入る気にはなれず、
翌日昼過ぎにマルヨさんが帰宅するまで
不安な時間を過ごした。

そして、あっという間に二週間。

原発や放射線について、色んな情報が飛び交う。
そんな中、割合冷静でいられるのは
普段ツイッターでフォローしている方々が
冷静かつ前向きで的確な情報をあげていてくれたから。
テレビや新聞記事を鵜呑みにしていたら
きっともっと混乱して不安だっただろう。


最後になりましたが、
この災害で亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
被災された方は一刻も早く元の生活に戻れますように。
微力ながら、自分にできるサポートをさせていただければと思います。

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